「妻の横顔」 井 張   散

長い長い年月が経ちました。

「妻の横顔」 井 張   散

いつものように本のページに何となく目を落とす静かな夜半。
耳をすますと朝方より降り続いた雨も今は小康状態に。


かすかな雨音が出窓を伝わり庭の古びた植木鉢をたたいています。
明日の朝には久しぶりの晴れ間になるとか夕方のテレビで言っていました。


つい先程まで忙しく動き回っていた小柄の家内も年相応に齢を重ね貫録十分な体を折りたたむようにして、もう小さな寝息をたてています。
久しぶりに家内の横顔を見つめしばし…。


随分苦労を掛けているなあ…。


幸せにしてやると意気込んで嫁に来て貰ったのに。

ふと遠い昔のことが昨日の出来事のように頭の中を掛けめぐり忘れかけていたことが鮮明に。


40数年前、出逢いから1年半喧嘩をしながらもお互いに将来を語り合い、心に誓いを立て結婚を決意しました。
幸い彼女も承諾。
将来はバラ色。

ムーーこれからが大変、私にはハンディがあります。

部落出身者の結婚はまだ世間の理解が不十分な時代。

何度も彼女と話し合い、周囲に押しつぶされそうな私を勇気付けてくれました。

「僕が絶対に幸せにします」と乗り込んだ彼女の家、厳格な両親、当然のこと最初から相手にされません。
でも彼女は必死に両親を説得するも問題は暗礁に乗り上げてしまい、二人で途方にくれました。

彼女の母親より、「貴男あなたのことはわかるけどあの部落の者と娘を一緒にすることは到底できない、早くあきらめて欲しい」と懇願され…いっそあの世で一緒になろうと思うこともありました。

希のぞんで部落に生まれた訳でもないし気が付いたらここで生活している訳ですから。


世間では自由平等と言いますが、私たち部落出身者は重荷を背負って生きなければなりません。

真剣に悩みました。


また、彼女の母親から話しがあり、どうしても娘をやることはできない、貴男あなたが婿にくれば難しいが前に進むかもしれないと言われ…。
私は二人兄妹、婿では困るのです。


切羽詰まった状態の中で私たちはとんでもない親不幸な行動に出ました。
…寒い日で待ち合せの場所に相当遅れて来た彼女の目は真赤に濡れていました。


申し訳ない、きっといつの日かご両親も分かってくれると、二人で生活を始めた矢先に連絡が入り、一旦帰ってくれば改めて話しをするとのこと、こんなに親不幸をしたのに、ご両親には心の底より謝罪しました。

そんな折、彼女との約束は、隠しごとはしない、威張らない、酒を飲み過ぎない、の三ヶ条です。

そんな約束も今では反故になり何かと威張り散らしています。

40年余り、長いようで短かかった気がします。

外を眺めれば昔とは雲泥の差、道路は広くなり、また、環境も良くなって先輩諸兄の同和事業への血のにじむような熱き情熱が伝わってきます。


先人の労苦を偲びこれからの若い人たちが力強く生きられるよう、問題の一日でも早く解消されるよう願っております。


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