隣保館について

隣保館について


【1 戦前の隣保館 】
 隣保館、あるいは隣保事業は、19世紀の後半に欧米で始まったセツルメント運動がその基とされる。セツルメントとは、国語辞典(岩波書店)によれば、「貧しい人々が多く住む区域に定住し、住民と親しくふれあってその生活の向上に努める社会運動、またはそのための宿泊所、授産所、託児所などの設備」とある。この運動が明治には、すでに日本に入ってきて、東京や大阪など主要都市においてセツルメント(隣保館)が設立され隣保事業が展開されるようになった。

 同和地区における隣保事業は、大正7年(1918年)の米騒動、大正11年(1922年)の全国水平社の結成が契機になり、この後、各地に隣保館が設置されるようになる。しかし、戦前の隣保事業は、日本が戦争に突入していくことにより、隣保館本来の目的と役割が失われ次第に衰退していくことになった。


【2 戦後の隣保館 】
 昭和28年(1953年)国の予算に戦後初めて同和地区に隣保館を設置する経費の補助金が計上された。その後、モデル地区対策なども実施され、昭和35年(1960年)からは隣保館運営費補助予算も計上されるようになり、隣保館の設置も増加した。静岡県の隣保館もほとんどこの時期(昭和30年代~40年代)に設置されている。

 昭和40年、戦後の同和行政、対策の基ともなった同和対策審議会答申が出された。答申には、隣保館について、対象地区住民の社会福祉を積極的に推進するため、既設の隣保館、公民館、集会所などを拡充し、その施設のない地区には新設して、コミュニティセンターのような総合的機能をもつ社会施設を設置するとともに、指導的能力のある専門職員を設置することとあり、この答申を受けて昭和44年には、同和対策事業特別措置法が制定され全国に隣保館の整備拡充が図られるようになる。

 答申以来、半世紀が経ち、社会は大きく様変わりし、人々の考え方も多様になってきている。しかし、同和問題について、平成8年の「地域改善対策協議会意見具申」は「戦後50年本格的な対策が始まってからも四半世紀余、同和問題は多くの人々の努力によって、解決へ向けて進んでいるものの、残念ながら我が国における重要な課題と言わざるを得ない」と、この問題が完全に解決されていない現状を指摘している。そして、解決に向けての今後の方策の一つとして社会福祉の分野において隣保館が開かれたコミュニティセンターとして今後一層発展していくことを望むとしている。

 この状況は、もちろん今日でも変わらないし、むしろ、社会の情勢からみても隣保館の果たす役割の重要性は増しているといってもよい。


【3 これからの隣保館 】
 先に挙げた「地域改善対策協議会意見具申」では、隣保館の一層の発展を期待することとした後に、地域の実態把握や相談事業などの基本的機能に加え教養文化活動の充実や地域のボランティアグループとの連携など地域社会に根ざした啓発活動を行うことなど具体的な方策を示している。 

 平成13年に地域改善推進特別措置法が失効し、今後その対策は一般法によるものとされ、隣保館の果たす役割やあり方も見直さざるを得ない状況となった。そのような中で全隣協(全国隣保館連絡協議会)では、会長の諮問機関として各界からの検討委員による「あしたの隣保館検討委員会」を立ち上げ、隣保館活動の活性化などについて協議を重ねた。そして、平成19年に報告書が作成された。

 この報告書で隣保館活動を活性化するために、

①隣保館活動の原点として、地域課題の把握 
②関係諸機関・団体との連携事業の活性化 
③地域の自主活動の支援となるコミュニティづくり 
④積極的な館事業の情報発信と交流 
⑤新たな「公」による隣保館運営の検討と具体化

など5項目の具体的な方策を提言している。

 地域の実態や隣保館を取り巻く状況は、それぞれに違う。どの館においてもこうした提言に取り組んでいくことは容易なことではない。しかし、何か一つでも取り組めるものがあれば、それが活動の活性化につながっていくであろう。全隣協では、地域の特性を生かした創意工夫や多様性を発揮した実践を期待している。 

 2月25日、クリエート浜松で本会主催の、黒川みどり氏の講演会があった。氏は、冒頭、最近の二つの出来事から、今、部落問題への無関心、無理解が広がっているとし、その要因として人権問題に関する様々な運動がパワーを失い、それ(無関心、無理解)を許してしまう状況が生まれていると話された。隣保館は、決してその役目を終えていないのに、全国的に見ても、その活動は低調となっている。原因はいろいろあるだろうが、その背景の一つとして黒川氏の言うように様々な人権運動がそのパワーを失い、人権問題、部落問題への無関心、無理解を許していることがあると私には思える。しかし、このようなときだからこそ私たちは隣保館の存在の意義を再確認したい。

静岡県人権・地域改善推進会総務部会長 古山登章

 (参考文献・隣保館運営の手引き」〈全隣協〉)


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