つる

昔話らしい音楽。
乱れ髪の薄汚れたみじめな女、つうに父と母が相対している。

つる

父 じょうだんじゃない!!

母 まあまあおとうさん、そんな風に声を荒げなくても。

父 お前が人間なんかの所に行くといったとき、父さん反対したよな。

つう はい。

父 命を助けてもらった恩を返すために嫁ぎたいってっていったから、そんなことで結婚なんてするもんじゃないって言ったよな。

つう はい。

母 そんなことこの子だってわかっていますよ。だも辛抱しきれなくなったから戻ってきたんじゃないですか。

それをわかって迎えてやるのが親ってもんじゃないですか。

父 そんなことはわしだってわかっておる。わしだってそうしてやりたい。しかしそれが親の愛情か。わしはあのとき言った。恩返しはいいことだ、だが嫁に行くことはなかろうと。いいか、鶴というのはいったん結婚したら一生そいとげる。それは恩なのではない。ま、腹減ってる時にどじょうを一匹くれて、なんてステキなこなんだろうというようにきっかけになることはある。しかしポイントはなんてステキな子だろうってほのかな想いだ。それが愛情に変わってつがいになるわけだ。

母 どじょうじゃなく、ウナギです。それもこんなドブトイうなぎだったら、食べ切れなくてたまたま隣にいてモノ欲しそうな顔したのがいたので挙げただけなんだけど、それがたまたま父さんだったわけ。

父 家の場合を言ってるんじゃない。

母 まああの頃の母さんを見れば、だれだってなんてステキな子だろうっておもいますけどね、うふふ。

父 そうかもしれん、今だってぜんぜん魅力衰えてないからなぁ。

つう ごちそうさま。

父 飯の途中でご馳走様とは何事だ。自分だけご飯を済ませてさっさと自分の部屋に逃げ込もうとしたってそうは問屋がおろしにんにく。

母 そうじゃなくって、夫婦の甘ったるい言葉のラリーに、ごちそうさまって言ったんじゃないの。ねえ。

つう いいの、父さんいつもそうだから。

父 いつもとは何だ!何年もうちから離れといて、最近の父さんのいつもを知ってるわけないじゃないか。

つう 揚げ足を取らないで。

父 取るのがなぜ悪い、揚げ足とらなきゃ、げそなんか、ぱりっばりのスミになっちゃうじゃないか。あとでスミマセンと謝んなきゃなんないじゃないか。

母 ごめんね、わけがわかんないこと言って。

父  頼んでもいないのにワシの代理で謝るな。ワシはワシじゃ、謝る権利をあんたにゆだねた覚えはない。

母 ワシワシと威張っていても、お父さんには、スズメの涙ほどワシの血は流れてませんからね。

つう かあさんまで、わけのわからないとこ言わないで。

父 そうだ。あの時、聞いたな。助けてくれた人間は、いい男だったかと。

つう うん。ぜーんぜん、と答えた。

父 そうだろう、お前は父さんみたいな男がタイプだもんな。

つう ちがうけど。タイプじゃなかった。

父 お父さんがタイプじゃなかったのか。大きくなったらお父さんのような人のお嫁さんになると言ってたじゃないか。

つう いつのはなしよ。

父 ともかく、お前の答えは、ぜーんぜんだった。

母 でも気持ちだけはやさしい人。私を大事にしてくれそう。そういったわよ、たしか、あの時。

つう それは間違いなかった。道端にたんぽぽの花が折れて落ちていれば拾ってきて欠けた茶碗にさし、巣から落ちたツバメの子がいれば、とび立てるようになるまで世話をし…。

両親 それはやさしい。

つう そうそれは間違いなかったの。ある時、聞いてみた。何であの時鶴を助けたのって。そしたら、「鶴は自由に大空を飛んで、その美しい姿で貧乏人だろうが金持ちだろうがみんなの心を癒してくれる鳥だ。いくら高く売れるからといって、捕まえて金持ちなんかに食わせるのがゆるせねぇ。とりわけあの時助けた鶴はほれぼれするほど美しかった。何もしないでうっちゃっておくことなぞできなかった」って。

父 ほれぼれするほど、ってことは多少はあいつはほれてくれてたのか。

母 自分でいうのもなんだけど、母さんに似てあんたは美人だからねえ。

つう でも人間になった私は、あの人のタイプじゃなかった。

父 どういうことだ。

つう あの人は、隣村の宗兵衛の後家のような、少しポチャッとしたタイプがすきなの。私じゃ骨っぽいみたい。

父 ブロイラーじゃないんだから、鶴にポチャッとしろといわれてもなぁ。

母 いまの私なら良かったかも。

つう そうだ、母さんが代わりに行ったらよかったかもしれない。

母 何を言うんですよ、いまさらこんな私を。

つう 宗兵衛の後家はもう50よ。あの人は熟女好きなの。

母 私はまだ40です!!

つう 夜なべをして私が機を織っていると、あまり無理をするな、と声をかけてもくれたし。

父 うんうん。

つう 羽がだんだんなくなって、日に日にやつれていくと、大丈夫かと心配もしてくれたし。

母 やさしいはやさしいんだ。

つう 都の土産にもらった生八橋や五色豆、湯豆腐や千枚漬けも、まずはお前からと自分が先に食べることは決してありませんでしたし。

父 なかなかできることではないな。

つう 風邪を引いちゃいけないと、自分より先に羽毛ふとんもダウンのコートもかってくれましたし。自分はむしろに寝て、継ぎだらけの一重のキモノでいるのに…。

母 極端な優しさよね。

つう 最初のうちは、そのやさしさがうれしくて幸せたった。でも2年ほどたったある日、おかあさんから、どうしたんだろう、まだ孫が生まれないねぇとポツッと言われて。

父 そりゃあムリってもんじゃないか。こっちはツルなんだから。

つう でも向こうは人間だと思ってるから。私もあの人のためには、人間のお嫁さんのほうが幸せなのかとちらっとは思ったけど。

母 けど?

つう ちびで、デブで短足でハゲで無口で、生き物ばかりが好きでその世話で一日がくれるような変わり者のあの人に人間の嫁など来るはずがないし。

母 でもどこか一箇所くらいいいところあるもんでしょ。

つう ない。生き物にやさしいばっか。

父 たまには面白いこと言ったりしただろ。

つう ぜんぜん。もともと無口な上に、たまに口を開けばつまらないこと。晩ご飯の時、それとってっていうから、お醤油ですかと聞くと、しょうゆうこと。さんまのパクリしかいえないの。

母 ひぇっ、さんまがしゃべるのかい。

父 かあさん、こうやって鶴がしゃべってるくらいだから、サンマだってしゃべるだろう。

母 サンマが何しゃべる必要があるんです。

父 そうだな、例えば、そろそろ寒くなってきたから温かい南のほうに行こうかとかだな。

母 ほかに。

父 さいきんアブラの乗りがいまいちなんだよな、とかだな。いろいろあるだろ、生きてれば。

つう サンマは人間です。

母 そんな非科学的なこと母さん信じません。

父 そうだそうだ、魚は逆立ちしても人間にはなれない。

つう 私は鳥なのに人間になりました!

父 ありだ、魚が人間になるのもありですよ、かあさん。

つう このままじゃ持たないと、羽毛布団やダウンジャケットから、羽毛を抜いてインチキだと申し訳なく思いながらも、ツル百パーセントに比べリゃダメだと評判を落すだろうと、高く売れなくなって、そのうち私に織ってくれと頼まなくなるだろうと期待しながら。私の羽に混ぜて織ってもみました。



父 確かに羽といってもアヒルどもとワシらとは格がちがうからなぁ。

母 美しさが違います。つやが違います。キューティクルが違います。

つう そのはずが、防寒性能8割アップと、羽が生えたように売れて。

父 冬の京都は冷えるからなぁ。

母 盆地ですからねぇ。

父 元は羽だしなぁ。

母 羽が生えたように売れるわねぇ。

つう 売れるたびにジャケットや布団をたくさん買ってもらってダウンの方は追加して、ついにツル1%、ダウン99%になってしまって、誤魔化しようがなくなってきました。

父 まてよ、なんでジャケットや布団をたくさん買うんだと不思議に思わなかったんだ。買えば買うほど増えていくはずなのに増えないのはヘンだ思うだろ。

母 男ってそういうものですよ。

つう もう限界と思ったから、アデランスに行って相談もしてみましたけど、ムリだとわかったあとからは、身や骨やツバキや汗も混ぜてみました。
父 そこまですることないだろう。

つう ちょっとでもツルが入ってなきゃ、身を削って恩返しをしようと決心した私のプライドが許さなかったのよ。
母 プライドは大切よねぇ。

つう でもツバキも枯れてこのままじゃ死んじゃうと思ったとき、気付いたの。この人、「いくら高く売れるからといって、捕まえて金持ちなんかに食わせるのがゆるせねぇ。」と私をワナから解放してくれた人は、鶴の千羽織として高く売れるからと金持ちにうって儲かるからと、私を縛っているのだって。この人は、ツルだった私の命は大切にしてくれたけど、人間の女になった私の命を大切にしてくれる人ではないと。それで決心したの。ツルの姿に戻ろうって。ツルに戻ったら、うちに帰るしかないじゃない。

父 そうだよな。それしかないよな。まだ若いし、少し養生すれば美しさも戻るだろう。そうすりゃ、バツ一でもいいと結婚してくれる男もあらわれるだろう。まだタマゴも産めるし、買い手はあるだろう。

母 あんた。今なんていいました。買い手だなんて、この子はモノじゃありませんよ。いまの話、きいてなかったんですか。この子は、人間の女のままなら大事にされないと悟ったから、ツルに戻ったんじゃありませんか。それが実の父にまでモノ扱いされたらこの子はどうすりゃいいんですか。

父 しかし、母さんだって孫卵の顔をみたいだろう。

母 そりゃそうです。でもこの子の人生はこの子のものです。この子の決心を親がとやかくいうもんじゃありません。再婚なんかしなくても、孫なんか生まれなくても、千歳のしわくちゃババアになっても、さみしい人生を送ってもいいんです。

つう ちょっと、別にそうなりたいって思ってないんだけど。

父 再婚をあきらめる必要はないぞ。

つう 再婚じゃありません。つる同士としては初婚です。

父 そりゃいい。モノは考えようだ。前向きでいい。そうだ、いいことを思いついた。お前、島根県に行きなさい。

つう はい?

父 あそこにはなワニに襲われて赤裸になったウサギを見つけるとやさしく治療してくれる神様がいるらしい。

母 ワニがいるんですか、島根県にぃ?

父 ワニかどうかは問題じゃない。ハネの抜け落ちたツルを見れば助けてくれるだろう。

つう 助けられるのは、もうこりごりです。


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