優秀賞「こえをしる」藤田ヒロシさん 会社員 浜松市

●登場人物
藤川結衣(女・20代)「モックマート」パート社員。
柴原遥 (女・20代)「モックマート」パート社員。
笹島健人(男・20代)「モックマート」正規社員。
山岸ユナ(女・20代)「モックマート」で働くミナの妹。
店長 (男・30代)「モックマート」店長。


優秀賞「こえをしる」藤田ヒロシさん 会社員 浜松市



○ スーパーマーケット「モックマート」の休憩室。

10時前。

長机とパイプ椅子が並べられている。
「整理整頓」「身だしなみ確認」「目指せ!地域NO.1!!」などの標語が壁に貼られ、
売り上げ集計、シフト表、お客様の声のコピーなどの書類が掲示されているホワイトボードがある。

笹島健人が一番入口(下手)近くのイスに座って惣菜パンを食べている。机の上にはエプロン。
そこへ、エプロン姿の店長が入って来る。手には書類のコピー。

笹島の姿を見て一瞬立ち止まるが、

店長 おはよう。

と、奥へと進む。

笹島 (気の抜けた声で)おはようございます。

店長 またか?

と、ホワイトボードの前に立ち、書類を貼り替える。

笹島 上手いっすよ、これ。

店長 もう少しまともな物、食べたらどうだ?

笹島 これ、店で売ってるヤツっすよ。

と、パンにかぶりつく。

店長 そう言う意味じゃない。

笹島 (噛みながら)食べないよりマシっすよ。

苦笑いをして、貼り替え作業を進める店長。食べながら、それを見つめる笹島。

書類を替え終わり、出て行こうする店長だが、すれ違うようにホワイトボードに向かう笹島の行動に足を止める。

笹島 (「お客様の声」のコピーを見て)黙殺っすか?。

店長 笹島。お前が聞いても、何もわからなかった。そうだろ?

笹島 まぁ。

店長 お前はお前の仕事をしろ。

笹島 「あの気持ちの悪い店員」が誰かわかったんすか?

店長 (抑揚なく)いいや。

と、出て行く。

納得がいかない様に首をかしげる笹島。エプロンを手にし、モノローグ。

笹島 「あの気持ちの悪い店員を二度と売り場に出さないでください。とても不快です」

この「お客様の声」が寄せられて以来、店員の誰もが当然の疑問を抱いている。
「一体誰の事を言っているのか?」そして、誰もが一人の店員を思い浮かべるが、それを「声」にすることはしない。
黙っていても消えるわけではないと知ってはいるが、

「声」にはしない。

暗転。店内放送が流れてくる。

放送 本日もモックマートをご利用頂き誠にありがとうございます。
モックマートでは安心・安全・納得の商品を取り揃え、お客様の毎日の生活をサポート。
心を込めたおもてなしでお客様満足度地域ナンバーワンを目指しております。
ご意見、ご要望、お困りの点などがございましたら、お気軽にスタッフまでお尋ね下さい。
それでは、本日もモックマートでのお買い物をお楽しみ下さい。

○スーパーマーケット「モックマート」の休憩室。

15時過ぎ。

中央やや下手寄りの椅子に藤川結衣が座っていて、柴原遥がホワイトボードの前に立ち「お客様の声」を見ている。

柴原は店のエプロンをつけているが、藤川にそれはない。机の上には二つの水筒(またはタンブラー)が置かれている。

柴原 ないね、あの「声」。ココにコピーがないって事は、まだ店長のトコ?黙殺かな?

藤川 遥、聞いてた?

柴原 聞いてたよ。でもさ、あれよね。匿名とはいえ、よく書けるよね。信じらんないよ。

藤川 本当に聞いてた?

柴原 聞いてたよ。でもさ、あれよね。「決めつけるな」って笹島さんが言うこともわかるけど……。

藤川 遥っ。

藤川の隣に座る柴原。

柴原 「ヤキモチ」だよね。

藤川 えっ?

柴原 聞いてたって言ったでしょ。

藤川 「ヤキモチ」かぁ

と、背もたれに身体を預け、背伸びをする。水筒に口をつける柴原。

藤川 (伸びたまま)そう思うよね。

柴原 自覚アリじゃない。

藤川 (身体を戻して)まぁ……でもさ……。

と、水筒に口をつける。

柴原 言いたい事、わかる。

藤川 でしょ。

柴原 まぁね。でもさぁ、結衣がヤキモチ焼くのは正常って言えば正常じゃない?

藤川 「正常」?

柴原 ミナちゃんって、私たちの一コ上、笹島さんの二コ下だよね?ミナちゃんじゃなくて、私だとしたら?

藤川 (即答で)ヤキモチ。で、絶交!

柴原 友情は?

藤川 男が絡むと脆い!

柴原 (笑って)ま、ないから安心して。

藤川 (笑って)してる。

柴原 (いたずらっぽく)誘惑しちゃおっかなぁ?

藤川 (鋭く睨む)

柴原 つまりはさ、アリってことよ。

藤川 本気なの!?

柴原 へっ?あっ!違うわよ。ミナちゃんの話。

藤川 そっちか。

柴原 そっちよ。

藤川 「ヤキモチ」かぁ

と、背もたれに身体を預け、背伸びをする。水筒に口をつける柴原。

藤川 (伸びたまま)そう思うよね。

柴原 わかって聞いてるんでしょ?

藤川 (身体を戻して)まぁ……でもさ……。

と、水筒に口をつける。

柴原 言いたい事、わかる。

藤川 でしょ。

柴原 まぁね。でもさぁ、恋してるってさ、言ってみれば異常な状態でしょ?フツーに考えて「おかしい」って思うような事をやっちゃう。
なら、ミナちゃんにヤキモチもアリって事よ。恋は理屈じゃない。

藤川 でもさ。

と、身を乗り出す藤川。しかし、その後の言葉を言い出せない。

柴原 確かにさ、ミナちゃんは「特別」な部分はある。でもさ、全てがそうじゃない。
私さ、ここで働き始めて、ミナちゃんと話したりして、思ったのよ。「あぁ、同じなんだ」って。
同じアニメが好きだったり、同じお菓子が好きだったりさ。同世代の女子。
そう思ったって事は、それまで何も知らないまま全てが「違う」って思ってたって事なんだよね。
「特別」な部分と「同じ」な部分。それってこっちが勝手に決める事じゃないよね?

藤川 笑ったりしない?

柴原 しない、しない。笹島さんと付き合ってる事は笑えるけどね。

と、笑う。

藤川 ひどぉい。

と、笑う。

柴原 でも、これで友情は安泰ね。

と、藤川の肩をポンと叩いて立ち上がる。

藤川 時間?

柴原 うん。じゃぁね。お疲れ。

藤川 お疲れ。

出て行く柴原。一人になり、背もたれに身体を預け、背伸びをする藤川。

藤川 ヤキモチ、か。

しばらくして、ペットボトルのコーラを飲みながら笹島が入って来る。藤川の姿を見て驚くが、何も言わないで一番手前のイスに座る。

笹島 (抑揚なく)お疲れさま。

藤川 お疲れさまです。

笹島 (小声で)なんでいるの?

藤川 (反応しない)

笹島 (小声で)今日、早番でもう上がりでしょ?

藤川 (反応しない)

笹島 藤川さん?

藤川 (取って付けたように)笹島さん、聞こえません。近くに来たらどうですか?

笹島 いやぁ、それは……。

藤川 こうやってワザと離れて座ったりするの不自然じゃない?って言うか、隠さなくてもよくない?

笹島 (声が上がり)よくないよ。

その言葉で藤川の“スイッチ”が入る。机を強く叩いて立ち上がる。

藤川 なんでよ!休みが変に重ならないようにしたり、シフトもズレるようにしたり、なかなか時間が合わない。
コソコソして、馬鹿みたいじゃない!付き合う前の方が店の中でも、外でも逢えていた。馬鹿みたい。

笹島 (「静かに」という仕草をし、小声で)「馬鹿みたい」って、二人で決めた事だろ?

藤川 私は隠すつもりなかったけど、ケン君が「どうしても」って言うから。
なんで、そこまでして隠そうとするの?悪いことしてるわけじゃないでしょ?規則違反じゃないでしょ?

笹島 (「静かに」という仕草をし、小声で)悪い事じゃないし、違反でもないけど、二人の事がバレれば、僕は他店に異動させられるんだって。
暗黙のルールってやつだよ。

藤川 異動って言ったって県内にしか店舗ないし、異動すればいいじゃん。その方が今よりよっぽど一緒に居れるんじゃない?

笹島 (声が上がり)もうしばらく、この店に居たいんだよ。

笹島の座っているすぐ横まで近寄る藤川。

藤川 それって、ミナちゃん?

笹島 はぁ?

藤川 その理由はミナちゃんじゃないの?

笹島 何言ってるの?

藤川 何言ってるんだろうね、私!

笹島 結衣、どうしたんだよ。

と、立ち上がる。

藤川 どうしたんだろうね、私!

笹島 大丈夫か?もう上がりだろ?後で連絡するから。

藤川 ここで待っていてもいいでしょ?後回しにされるの嫌だもん。

笹島 「後回し」って?

藤川 この前の休みも、ミナちゃんに会いに来んでしょ!あの日は一カ月ぶりに二人の休日が重なった日なんだよ!
それをさっ!ミナちゃんがいるから、この店にいたいんでしょ?

笹島 ちょ、ちょっと待ってよ。な、何?確かに、ミナさんの事は他の店員よりは気にかけているよ。でもそれは……わかるでしょ?

藤川 彼女がダウン症だから?知的障害を持っているから?

笹島 サポートが必要だろ?

藤川 必要だけど、ケン君の業務じゃないでしょ。

笹島 気付く事があっても、自分に業務範囲じゃないから関わらないって、それおかしくない?

藤川 「関わるな」なんて言ってない。でもさ、やり過ぎ。自分の休みを潰したり、休憩時間使って、仕事手伝っていたりもするでしょ?

笹島 手伝っているわけじゃない。作業内容がうまく伝わってなくて彼女が困ってる時に、説明をし直しているだけだよ。誰かがやらないと、結局は業務が回らなくて、みんなが困るだろ?

藤川 だから、ケン君が直接やることないでしょ?担当はちゃんといるんだからさっ。

笹島 気が付いた人間がやるって、悪い事じゃないだろ?

藤川 「悪い」なんて言ってない。ケン君じゃなくてもいいってい言ってるの!

笹島 何?なんで、怒ってるの?

藤川 はぁ?怒ってないわよ。

笹島 怒ってるだろ?

藤川 怒ってなんてないわよっ!

笹島 ほら、怒ってるって。

藤川 怒ってないっ!

笹島 なに、なに?わかんないよ!

藤川 はぁ?あっそ。

と、背を向け水筒を手にする。

笹島 ほら、怒ってる。

藤川 今、怒ったの!

と、水筒に口をつける。

笹島 はぁ?

藤川 私とケン君って付き合ってるんだよね?

笹島 急に何?

藤川 答えて!

笹島 付き合ってるよ。

藤川 じゃぁ、そのケン君が他の女子に特別優しくしてたら、私はどう思いますか?

笹島 「他の女子」?

藤川 ケン君の誰にでも優しいところ好きだけど、嫌い。

笹島 ちょっと待って!

藤川 ミナちゃんは「他の女子」に入らない?ケン君、私にも他の人にも言ってたよね?
「彼女は25歳の女性。だから、僕はちゃん付けでは呼ばない」って。私の一つ上。その女性に、私が嫉妬するっておかしいかな?

答えずに、コーラを飲む笹島。

藤川 私、おかしい?

笹島 恋愛とか、そういう話し絡めるの違う気が―。

藤川 (遮って)障がい者だから?その彼女に対して健常者の私が嫉妬するってあり得ないって事?

笹島 あり得るとか、あり得ないとか……。

と、言葉を濁す。

藤川 ミナちゃんは特別?そうね。確かに「特別」な部分はある。でも、全てがそうじゃない。
「特別」な部分とそうじゃない部分。それをケン君が勝手に都合よく決められないのよっ!(抑揚なく)お疲れ様です。

足早に出て行く藤川。一瞬後を追う動きを見せるが、止める。

笹島 (小さな声で)何だよ。

室内をうろうろと歩き回った後に、

笹島 (大声で)何なんだよ!!

暗転。

○スーパーマーケット「モックマート」の休憩室。

16時前。

笹島が一番入口(下手)近くのイスに座ってスマートフォンを何をするわけでもなく、手にしている。
そこへ、山岸ユナが部屋の中を覗き込むようにして入ってくる。

山岸 失礼します。

笹島 はい?

山岸 私、山岸ユナと言います。こちらでお世話になっている山岸ミナの妹です。

笹島 えっ、あっ、ミナさんの妹さん?

山岸 はじめまして。

と、じっと笹島を見る。

笹島 (ハッとして、立ち上がり)はじめまして。僕は笹島健人。

山岸 (一瞬驚き)あなたが……。

笹島 はい?

山岸 お名前は、よく姉から。

笹島 そうなんだ。

山岸 ええ。

笹島 ミナさんに何か用事で?

山岸 いえ、店長さんに。

笹島 「店長」?あ、呼んで―。

山岸 (遮って)こちら待ってるようにと。

笹島 あ、そう。それじゃぁ、(と、室内を見渡し)好きなところ座って待っててもらえるかな。

小さく頭を下げ、中央付近のイスに座る山岸。笹島もイスに戻り、スマホを手にするが、しばらくして出て行く。

一人になる山岸。あたりをキョロキョロ見渡す。ホワイトボードに目が止まり、立ち上がって近づく。
貼られた書類を見て行くが「お客様の声」のところで目が止まる。貼られた「声」を、一つ一つ確認する。

一通りみて、

山岸 ない。

と、もう一度見て、

山岸 「お客様の声」
「ここは店員の愛想が悪い。この前、ぶつかりそうになった時に『ごめんなさい』と言っただけだった」ん?

紙パックのジュースを二つ持って笹島が戻って来る。

笹島 店長、もう少し掛かりそう。ごめんね。

山岸 あ、いえ。私が無理言ったんで、大丈夫です。

笹島 どっちがいい?オレンジとリンゴ。

と、ジュースを見せる。

山岸 それじゃぁ、オレンジで。

笹島 はい。

と、山岸に手渡す。

山岸 ありがとうございます。頂きます。

笹島 入ったばかりのパートさんで、自分自身ビックリして余裕がなかったんだと思う。
もちろん、だからOKってわけじゃないけどね。

山岸 はい?

笹島 これ。(ホワイトボードの「声」を指し)多分、お客様の顔を見ないで「ごめんなさい」って慌てて言ったんだと思う。
気付かなかったわけでも、スルーしたわけでもないけど……人それぞれだから。(別の「声」を指して)これはどう思う?

山岸 (「声」を見て)「こちらで買った電球ですが、交換するには脚立が必要です。脚立を持って交換に来てください」えっ?

笹島 「何言ってんの?」って感じだよね。でも、これが一人暮らしのおばあちゃんの「声」だとしたら?

山岸 あ。

笹島 「店側に頭を下げさせて、自分の立場が上にあるということを確認したいだけ」
なんて言う人もいるけど、紙に書かれた「声」だけじゃ、実際何があったのか?何を伝えたいのかわからないんだよね。

と、座っていた椅子に戻り、ジュースにストローを刺す。

笹島 飲んでね。

と、飲む。

山岸 頂きます。

と、椅子に戻り、ストローを刺すが、口は付けない。
しばらく考え、意を決し、

山岸 笹島さん、聞いてもいいですか?

笹島 ん?何?

山岸 笹島さん、一昨日ってお休みだったんですよね?

笹島 ん?あぁ、ミナさんもシフト表持ってるもんね。そうだよ、休み。

山岸 その日、店から帰って来た姉が「笹島さんとお話した」って言ってましたけど、姉の思い違いですかね?

笹島 思い違いじゃないよ。休みだったけど、ちょっと話があって会いに来たから。

山岸 姉にですか?

笹島 ん、まぁ、そうだね。

山岸 それって……それって、ここには貼ってない「声」の事じゃないですか?

笹島 (ビックリして、声に詰まる)
その時、藤川が入口に姿を見せる。が、二人は気が付かない。一歩下がり、立ち聞きをする藤川。

山岸 そうなんですね。

笹島 ど、どうして?ミナさんが何か言ってたの?

山岸 姉は喜んでました。

笹島 えっ?

山岸 休みで会えないと思っていた笹島さんに会えたから、喜んでました。

笹島 (表情を緩めて)そ、そうなんだ。(思い出したように)じゃぁなんで知ってるの?

山岸 (強く真剣な口調で)その事で、店長さんにお話があって来たんです。

笹島 (強張って)そ、そうなんだ。

山岸 はい。

と、ジュースを飲む。笹島も。二人とも飲み終わり、「ズー」っという音が響く。

笹島 (同時に)山岸さん。

山岸 (同時に)笹島さん。

小さな間。

山岸 (さらりと)姉は笹島さんの事、好きなんです。

笹島 えっ?

真剣な眼差しで、笹島を見る山岸。それにドキリとする笹島。

山岸 (強く真剣な口調で)好きなんです、笹島さんが。

笹島 え、あ、いやぁ……。

山岸 (強く真剣な口調で)好きなんですよ!わかってます?

藤川 わかってないよね。

笹島・山岸 えっ!!

藤川 (山岸に)店長がもう少し掛かりそうって。ごめんなさいね。

と、中に入り二人の間に立つ。

山岸 (頷く)

笹島 (「なぜ?」という顔を見せる)

藤川 (笹島に、抑揚なく)帰ろうと思ったら通用口で会って、「店長に用事」って言うから事務所に案内したの。
(山岸に、親しみを込めて)ね?

山岸 はい。

笹島 で……。

藤川 (抑揚なく)何?

笹島 帰らないのかなぁと……。

藤川 「好きなんです」

笹島 は?

藤川 5歳の女の子が「笹島のお兄ちゃん大好きっ」じゃないんだよ。25歳の女性が「笹島さん、好きです」だよ。わかってる?

山岸 あの……。

藤川 私も言いたいのよ。ミナちゃんに対する優しさがやり過ぎなんじゃないかなってさ。

笹島 だからそれはさっ―。

藤川 (遮って)やり過ぎだって!休みの日に彼女の為に店来たり、担当でもないのに仕事のフォローしたり、やり過ぎだって!

笹島 (語気が強まる)だから、ミナさんにはサポートが必要だろ?僕はそれを―。

山岸 (遮って)恋なんです!

と、立ち上がる。

山岸 (笹島に)姉はあなたに恋してるんです。

笹島 (絶句)

山岸 知的障害を持つ姉は「恋なんてしない」って思っていました?

子供の様に話したり、笑ったり、泣いたりするから、「恋」なんて知らない子供だと思っていました?違いますよ!
恋する気持ちって理屈や知性じゃないんです。

誰にもある純粋な想いで、彼女のそれは本当にシンプルで。
だから、あなたがそんな気持ちは全くなく、例え同情だとしても、仕事の上だとしても、
自分への優しさに対して真っすぐ好意を抱いて、真っすぐ恋をするんです!逢えるのが楽しくて、
話せるのが嬉しくて、笑い合えるのがたまらなくて。本気の恋をしちゃうんです!

でも、彼女の純粋な恋はいつだって叶わない。そして、彼女はその事を消化できない。理屈や知性じゃないところで恋はするけど、
その想いが受け入れられない事を理解し、気持ちに整理を着けるには理屈や知性が必要で、それは彼女が一番苦手にしているもので……。

(震える声、語気を強め)

わかって下さい!「ちゃん付け」だろうが「さん付け」だろうがそんなことは、どっちだっていいの!
姉を受け入れるって、理解するって、そんな事じゃないの!あなたの優しさは善意。でも、だからってその全て
が姉にとって善とは限らないの!

藤川 (小声で)ケン君。

と、笹島を即す。しかし、何か言おうと口を動かすだけで言葉が見つからない笹島。

静寂。

山岸 (ハッと我に戻り)あ、ごめんなさい。こんな事言い来たわけじゃないのに、私……ごめんなさい。

藤川 謝らないでいいよ。

山岸 違うんです。

藤川 違わないと思うよ。ケン君は「善意からの行動は、誰にだって、いつだって善意として受け入れてもらえる」って思ってるところあるからさ。
そんな単純じゃないよね、人間って。

山岸 (笹島に)ごめんなさい。

藤川 謝んなくていいって。ミナちゃんを想っての事なんだからさ。

素敵な姉妹愛ね。

山岸 (間髪いれず)違います!違うんです!!

全然そんなんじゃありません!素敵な姉妹愛なんかじゃないんです!私は姉にとって最低の妹なんです!

と、一気に言い放ち、両手で顔を覆う。

藤川 や……山岸さん?どういう事かな?

と、躊躇しながらも山岸の肩に触れる。その瞬間、勢いよくその手から逃れ、ホワイトボードの前まで行く山岸。

山岸 (ホワイトボードを見て)「あの気持ちの悪い店員を二度と売り場に出さないでください。とても不快です」
なぜ、あの「声」がこには貼ってないんですか?黙殺ですか?届かないんですか?

笹島 や……山岸さん?どうして?

山岸 藤川さん、兄妹はいますか?

藤川 え、あ、二つ下の妹がいるけど。

山岸 お姉さんなんですね。藤川さん、妹さんに色々教えたりしませんでしたか?髪の結い方、メイクの仕方、流行りの音楽や漫画。勉強とかも。
親と喧嘩し時に間に立ってくれたり、初めての恋をした時に相談に乗ったり、ちょっと先の人生を知っている者として、
妹さんに教えたりしませんでしたか?

藤川 まぁ、それなりに。姉だしね。

山岸 比べるモノじゃない。理屈ではわかってます。でも、やっぱりどうしても比べちゃう。
私の姉、ミナは私のちょっと先の人生を歩いてはいない。いつの頃からか、私の方が先を……
(首は大きく振り)生まれてからずっと全く違う道を進んでいるんです。
(語気が一気に強まる)ミナは教えてはくれない!それどころか私がミナを支える事を、当然に、一方的に、求められる。
ずっとよ、ずっと。親はいつかいなくなる。一生。私一人。生まれて来た時にはもう決まっちゃっていた私の人生。
「一度きり。私の人生だから、私の自由に生きる」なんて夢は見れない。勝手は言ってられない。

藤川 あの「声」を書いたの?

笹島 結衣っ!

藤川 だって。

笹島 違うよね?誰かの噂話を聞いたんだよね?おしゃべりな人たちいるからね。
そうだよね?(藤川に)そうだよ。重森さんとかが話しているのたまたま聞いちゃったんだよ。彼女は妹だよ?
彼女が書いたなんてないよ。(山岸に)ね、ないよね?

その言葉に、苦笑する山岸。次に、吹き出すように笑い出す。

笹島 ……山岸さん?

山岸 (笑うを止め)障がい者の姉を持った私は「素敵な妹」「優しい妹」。それじゃなきゃダメなんですか?

と、強い視線を笹島にぶつける。何も反応できない笹島。

山岸 あれは正真正銘、私の「声」。「気持ちが悪い」初めてそう思ったのがいつかはもう忘れた。
けど、その想いは染みの様に心にあり続けて消えない私の「醜さの証」。それをいつも自覚してるわけじゃない。

でも、ないわけじゃない。あの日がそうだった。

ココに来て、店内作業はしないはずのミナがいた。きっと仕事に飽きて遊びたかったんだろうね。
「店員さん、しっかり見ててよ」思ったけど、それを責める気にはならない。
だって、制止をすり抜けて、自由に振舞う事に関して彼女は天才的だから。

だけど、その光景に心がざわついた。ミナを見るお客たちの目。

驚きと戸惑いで行き場を失ったような、見てはいけないモノを見てしまったような、あわれみと好奇が同居したような……そんな目の数々。
それを見た瞬間、どんなに整理をつけてミナを姉として愛そうとしても、どんなに進む道を自分の選択だと言い聞かせようとしても、打ちのめされる。

ミナがどんな存在で見られ、私がそこから逃れたいと願っている真実。

一緒に街を歩いていて受ける視線よりも尚、離れて外から見る方が一層、残酷。

「異物」「醜い」「気持ち悪い」。心の染みがじわーっと広がって、私を支配する。否定しきれない。

ミナを受け入れられない、妹に生まれて来た事を受け入れられない私が、確実に存在する。
こんなことが何度も何度繰り返され、何度も何度も許せなかった!何もかも!耐えられない!もう終わりにしたい!

と、振り絞るように吐き出した後、唇を噛み、肩を震わせ、

山岸 押えられなかった……コントロールできなかった……気が付いた時には鉛筆を走らせて投函していた。

何か言おうと口を動かすだけで言葉が見つからない笹島と藤川。

静寂。

山岸 (か細い声で)ゴメンナサイ。(何度も繰り返す)

藤川 (遮って)謝らないで!謝られたって、どう返せばいいの?わからない!だから、お願い、謝らないで。

山岸 (か細い声で)ゴメンナサイ。

藤川 だからさぁ……。

山岸 ……。

藤川 (深呼吸して)大変なんだなぁって程度の想像は出来る。小さい時から運命背負って来たんだなぁって。
私は姉だから妹の面倒見る事はなんとなく自然な流れで受け入れて来たけど、それでも時々は思う、「なんで私が!」って。

ましてや「一生」なんて……。妹のあなたがミナちゃんをこの先ずっとって、プレッシャーだよねって想像くらいは出来る。

でも、そこまで。結局はよくわからない。だって、私の知っている環境と違うから、経験してきた事と違うから、よくわからない。
簡単に「大変ね」とも「頑張って」とも言えない。

山岸 ……。

藤川 正直言っていい?今、思っているのは、私の妹が「障がい者じゃなくて良かった」って事。
私自身が「障がい者じゃなくて良かった」って事。

笹島 結衣っ!

藤川 出来る限り想像して、出来る限り山岸さんの心に近づこうとしたら、そう思った。軽蔑したければどうそ。
でも、そう思っちゃたのは事実で、消えない。

笹島 だからって、言それを声にして言う事ないだろ!?

藤川 (語気を強め)言うわよ!山岸さんは苦しい思いをして、自分の「声」を私たちに聞かせたのよ。
それに応えるには、私だって「声」を晒さないとダメなんじゃない?向き合った事にならないんじゃない?

笹島 だからって、言い方とかあるだろ?

藤川 誤魔化したり、取り繕ったりが、気持ちが悪いの。

笹島 そういうことじゃないだろ!

山岸 止めて下さい!ごめんなさい!私が悪いんです!ですから、お二人が言い争うのは止めて下さい。

藤川 止めない!

笹島 結衣っ!

藤川 止めないよ。だって、ここで止めてしまったら、山岸さんだけが苦しいじゃない。
自分だけが醜いってなっちゃうじゃない。

そんなの違う!違うから、止めない!(山岸に)謝らなくてもいいのよ。
あの「声」を書かせたのは、あなたの中の醜さかも知れないけど、それがあなたの全てではないでしょ?

でもさ、ずっと心の中だけに閉じ込め隠そうとしたら、たった一点の染みだったものが、かえってどんどん大きくなって、
いつかはあなたの全てを染めてしまう。当たり前に、フツーに、自然に、あなたの中にある優しさや愛情さえ覆ってしまうだけだと思う。

だから、あの「声」を書いてよかったのよ。

山岸 「よかった」?

藤川 (頷いて)私ね、付き合ってる人がいるの。出会って一年、付き合って半年。ずっと一緒に居たいなって思う。

好きよ、大好き。
でもね、その人の全てを受け入れて、全てを好きかって言われたら自信がない「嫌い」って部分はあって、良くて8対2程度で、今なんて6対4かな。

その言葉に驚く笹島。

藤川 でもさ、その程度でもいいんじゃないかなって思う。100%じゃなくても、完璧じゃなくても、絶対じゃなくてもいいんじゃないかなって。
10対0ってなんだか怖くない?それを自分に課したら息苦しくない?

「好きも嫌いも」「美しいも醜いも」色々あって、色々感情渦巻いての私だし、あなた。

それでいいと思う。

それでいて、自分の心の真ん中には本当は何があるかを忘れなければ、いつの日か当たり前、フツーに、自然に、気が付いたら9対1、そして
10対0になって、揺るぎないものになっている。そう言うものなんじゃないかなって思う。

山岸 (か細い声で、自問するように)「心の真ん中」?あの「声」は私の全てじゃない?心の真ん中?私の真ん中?

藤川 本当はちゃんとわかってる。

山岸 (か細い声で、自問するように)ミナ、姉、私、妹、素敵な?

優しい?醜い?気持ちの悪い?

藤川 だから、今日ココ来た。違うかな?

山岸 (ハッキリした声で)違う!

と、藤川をしっかりと視線で見る。

藤川 あの「声」を撤回しに来たんだよね。

山岸 守れなかった。何度も何度も目の当たりにしながら、残酷な視線の前で何も出来なかった。
自分が悔しくて、醜くて、許せなかった。……こんな私で姉と生きていけるのかなって。
不安で、弱くて、認めたくなかった。
だけど、だけど、だけど、だけど、だけど!やっぱり、私やっぱり……。

と、涙を押えることは出来ない。

山岸に歩み寄り、頭を撫でるようにして、そっと抱き寄せる藤川。

暗転。店内放送が流れてくる。

放送 本日もモックマートをご利用頂き誠にありがとうございます。
モックマートでは安心・安全・納得の商品を取り揃え、お客様の毎日の生活をサポート。

心を込めたおもてなしでお客様満足度地域ナンバーワンを目指しております。

ご意見、ご要望、お困りの点などがございましたら、お気軽にスタッフまでお尋ね下さい。
それでは、本日もモックマートでのお買い物をお楽しみ下さい。

○スーパーマーケット「モックマート」休憩室。数日後の10時前。

笹島と藤川が中央のイスに並んで座っている。二人して手作りのおにぎりを食べている。
机の上には二つのエプロン。そこへ、エプロン姿の店長が入って来る。

手には書類のコピー。二人の姿を見て一瞬立ち止まるが、

店長 おはよう。

と、奥へと進む。

笹島・藤川 (ハッキリとした声で)おはようございます。

店長 それ、藤川さんが?

と、ホワイトボードも前に立ち、書類を貼り替える。

藤川 はい。

笹島 上手いっすよ、これ。と、おにぎりにかぶりつく。

店長 だろうな。

藤川 愛情いっぱい入りですからねっ。とーぜん。

苦笑いをして、貼り替え作業を進める店長。食べながら、それを見つめる笹島と藤川。

書類を替え終わり、出て行こうする店長だが、すれ違うようにホワイトボードに向かう笹島と藤川の行動に足を止める。

笹島 (「お客様の声」のコピーを見て)「ここの店員さんは笑顔が素敵です。
特に最近は皆さん活気があって、気持ちよく買い物をさせて頂いています。私の中では満足度地域ナンバーワンです」

藤川 すごいっ!やったね!

笹島 やったね!

藤川 こういう「声」ばかりだったらいいのにねっ。

笹島 それはお客様に求めるモノじゃなく、僕たちが作り上げるモノ。

藤川 (じっと笹島を見つめる)

笹島 な、なに?

藤川 (冗談ぽく)カッコイイなって思ってさっ。

笹島 茶化すなよ。

藤川 (首を振って、真剣に)カッコイイよ。

笹島 (照れて)あ、ありがと。

店長 (取って付けたように)あっ!忘れてた!

その声に、店長を見る笹島と藤川。

店長 笹島、これも貼っておいてくれ。

と、エプロンから「声」の紙を差し出す。歩み寄り、それを受け取る笹島。

笹島 これ、コピーじゃないっすよ。

店長 これは、生の声だ。

笹島 「生の声」?

店長 じゃ、頼んだぞ。

と、出て行く。

笹島に歩み寄り、ピタリと背中に着き、肩越しに紙を覗き込む藤川。

藤川 「あの気持ちの悪い店員二人を二度と同時に売り場に出さないでください。
ラブラブオーラ垂れ流しでとても不快です」

無言で目を合わせる笹島と藤川。

藤川 なにこれ。

笹島 「生の声」だって。

藤川 「ナマ」って?どういうこと?

店長が戻って来る。

笹島 当店ではお客様満足度向上の為には、従業員満足度が重要と考えておりますが、
「満足度」の意味を履き違えぬよう、自らを客観的に捉え、考え、行動できるよう改めて従業員教育を徹底してまいります。
利用して満足。働いて満足のモックマートを今後ともよろしくお願い致します。

と、一礼する。無言で目を合わせる笹島と藤川。

店長 なお、改善が見られない場合は、シフト調整さらには転勤等の対応を取らせて頂きます。

と、笹島と藤川を見る。慌てて、距離を取り姿勢を正す二人。

暗転。

FIN


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