今月から6回にわたり、第3回ふじのくにHuman Rights脚本大賞の作品をご紹介します。
第1回は、最優秀賞に輝いた「わたしのヘルプカード」(袋井市在住 澤根孝治さん)です。
ではじっくりとお楽しみください。
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●登場人物
香 (16)高校一年生・美樹の娘
怜 (16)高校一年生・香の同級生
美樹(43)香の母・喫茶店「樹」店主
順次(71)喫茶店「樹」の常連客
舞台は喫茶店「樹」。テーブル席が三つ。
一つの席には、順次が座っている。
もう一つの席には、香と怜が座っている。
その横、エプロン姿の美樹が立っている。
美樹 美味しい?
怜 はい、すごく
美樹 よかった。まだ試作品で改良するつもりだから、何でも遠慮なく言ってね
怜 言うことありません。完璧です
美樹 やった、ありがとう
香 甘すぎる
美樹 香には聞いてないわよ
香 娘が一番素直な意見が言えるのよ。味も怜のコメントも甘すぎる。
そもそも初めてお母さんに会った怜が厳しい意見言えるわけないでしょ
美樹 えっ、怜ちゃん、本当はまずい?
怜 いえいえ、本当にすごく美味しいです。香、へんなこと言わないでよ
美樹 よかったぁ
香 だからさ、それも社交辞令に決まってるじゃん。お母さん、大人のくせにわかんないかなぁ
美樹 憎たらしいこと言って、この子は
怜 香の言うことなんて気にしないでください。こんな美味しいロールケーキ食べたことありませんから
美樹 怜ちゃんは良い子ね。香の友達にしておくにはもったいない。
私が友達になろうかしら。あ、お茶のおかわり持ってくるわね
怜 すいません、ありがとうございます
美樹、退場。
香 もうお母さんを調子に乗せないでよね
怜 思ったことしか言ってないってば。それより、香のお母さん、格好良いね
香 どこが? うるさくて、ばたばたして。なんかもう、おばさん丸出しって感じ
怜 全然そんなことないって。うちのお母さんと比べたら、めっちゃ若いし。それに、自分でカフェの経営してるなんて凄いよ
香 経営なんて大袈裟だよ。そもそもカフェじゃなくて、喫茶店だから。
昔から自分で喫茶店やりたいっていう夢があって、その夢を娘が高校生になったのをきっかけに始めただけだし。
それにさ、コーヒーよりも緑茶がメインだよ。ださくない?
怜 それが逆に格好良いじゃん。さっきのお茶のロールケーキ、なんていうのかな、本物のお茶の味っていうかさ
香 おじいちゃん家の畑のお茶を使ってるから本物って言えば、本物だけど
怜 付加価値ってやつだ
香 は?
怜 付加価値。経営のキーワードだよ。お茶に付加価値を付けて販売するアイデアだなんて、香のお母さんも、おじいちゃんも油
断ならないね。きっとテレビの取材とか来るよ
香 そうやって、怜はなんでも大きくしたがるんだから。付加価値なんて、おじいちゃんもお母さんも、考えたことないと思うよ。
っていうか、付加価値って言葉を知らないと思う。せっかくあるんだから使いなさいっていうだけだから
怜 いいな、いいな、私もカフェの娘になりたいなぁ
香 だから喫茶店ね
怜 同じだよ
香 そうかなぁ
怜 毎日、学校から帰ってくるのが楽しみになるの間違いなし
香 娘だからって、別にここにあるケーキ、食べ放題じゃないからね
怜 え、そうなの?
香 当たり前じゃん。むしろ、勝手に食べたら、超怒られるから
笑う二人。
怜 香と話してるとすっごく楽しい
香 うん?
怜 …私さ、香のこと親友だと思ってるよ
香 どうしたの、急に。親友っていう言葉、ちょっと恥ずかしいよ
怜 私は恥ずかしくなんかないよ、全然。高校入ってまだ三ヶ月だけどさ、クラスでこんな仲良くなれる友達出来るなんて思わなかった。
香は頭良いし、話、超合うしさ。だから香と親友になれて嬉しい
香 よくわかんないけど、ありがとう
怜 わかるじゃん。もう
香 あはは
順次 ごちそうさまー。美樹さん、お勘定してくれるかい
順次が奥に向かって言う。
香と怜はサイレント。
美樹 はーい。今行きまーす
奥から出てくる美樹。
美樹 えっと、五百二十円ですね
順次 じゃ、これで
美樹 はい。ちょうどいいただきますね
電話の音、カットイン。
順次 美樹さん、私の見送りなんていいから、電話に出てください
美樹 すいません。ありがとうございます
頭を下げて、奥に入っていく美樹。
椅子から立ち上がろうとするが、ふいに、よろめいて倒れる順次。
慌てて駆け寄る香。
香 大丈夫ですか?
順次 あぁ、ありがとう、ありがとう
香の手を借りて立ち上がる順次。
香 怪我とかしてませんか?
順次 大丈夫、大丈夫。ほら、こんなに
体を動かしてみせる順次。
香 良かった
順次 何にもない所で転んだりしてね。歳を取るとこうだから。情けないね。まったく
香 そんなことありませんよ
順次 本当にありがとうね
香 あ、出口のとこ、少し段差があるので、気を付けてください
順次、微笑み、退場。
怜 偉いね、香
香 うん?
怜 店長の娘だもんね。さすがのフォロー
香 どういうこと? 私、別に店長の娘だから声をかけたわけじゃないよ
怜 えっ…
香 だから、店長の娘とか関係ないから
怜 いやいや、そんな難しい顔をしなくてもさ、褒めただけじゃん
香 ここがお母さんの店じゃなくても同じことしたよ
怜 わかった、わかったって
香 本当に? 本当に言ったこと、わかってくれた?
怜 わかったって言ってんじゃん
香 面倒だから、適当に流してるんじゃないの?
怜 しつこい。なんでそんなつっかかるの
香 つっかかってなんてない
怜 じゃ、もういいじゃん。知らないおじいさんのことでなんで私たちが喧嘩しなくちゃいけないの?
香 こんなこと言いたくないけどさ、怜、さっき、おじいさん転んだときに、笑ってたよね? なんで、笑えるの? 転んだ人の何が面白いの?
怜 それは…
香 わたしだって、怜と友達になれたの嬉しい。だけど、人の困った姿を見て笑うのは意味がわからない
怜 私だってわからないよ。笑っちゃってたかどうかも覚えてないし。でも、もし笑っていたのなら、なんとなくで意味なんかないって
香 なんとなくって、それはさ…
怜 もういい。香のそういうところ、本当に嫌。優等生で自分はいつも正しいことをやっているっていう感じ
香 そんなつもりない
怜 私だって、別にあのおじいさんが転んで困ったのを見て喜んでいたわけじゃないよ
香 だったら、なんで
怜 だから言ったじゃん。理由なんてないよ。なんとなく…ただ笑っちゃっただけで、そもそも笑ったかどうか覚えてないって
香 それで相手が傷ついたら? そうなったら、理由なく、怜はあの人を傷つけたってことになるんだよ
怜 私が笑ってるのに、気付いてないし
香 そういうことじゃない
怜 そういうことでしょ? もう意味、わかんない
香 すぐにそうやって逃げる
怜 もういい。帰る
香 やっぱり逃げるんだ
立ち止まる怜。
怜 …親友なんて言うんじゃなかった
怜、退場。
残される香。
照明、暗転。
2
照明、香、ピン。
香 三歳の頃、私の心臓が時々、おかしなリズムになることがわかった。
タン、タン、タン、…タタン、タン、タタン…私の心臓はうまくリズムを打つことができない。
大きな病院で何度も検査を繰り返した結果、難病指定されている病気で、特効薬も無いことがわかった。
両親はずいぶん苦しんだと思う。ただ心臓のリズムはずっとおかしいわけじゃなかったから、長い入院生活は必要なかった。
普段は、他の子供たちと変わらない生活を送ることができた。かけっこだって、ボール遊びだってできる。
でも、半年に一度ほどだろうか。心臓がおかしなリズムを打って、立っていることができなくなった。
それが続いた。
小学校、中学校、発作が起きたときは、母が迎えに来るのを保健室で待った。
もう二度と起こらないかも…そう思うと必ず発作がやってくる。
やぁ っていじわる顔をしてやってくる。
高校生になってからは、まだ一度も発作はない。だから、周りの友達は誰も私の病気のことは知らない。
もちろん怜も。病気のことを話すのが恥ずかしいわけじゃない。…わけじゃないけど、わざわざそれを言うことじゃないから。
何年か前のある日、十字とハートマークの付いた赤いカードヘルプカードを母が持ってきた。
母は 通学途中で体調悪くなったとき、周りの人にわかってもられるようにと言った。
正直言って、私は気が進まなかった。せっかく外にわからない病気なのに、なんで、わざわざ自分で知らせなくちゃいけないんだって。
でも、母の真剣な眼差しに勝てなかった。心の声は隠して、私はその日から鞄にヘルプカードを付けるようになった。
でも、このカードに気付く人は、ほとんどいない。カードについて聞かれたこともない。
高校生になって電車通学するようになってもそれは変わらなかった。ある日、わたしはふいに思った。わたしは大丈夫。
普段は他の人と変わらないから。でも、外見からわからないで、電車の中で立っていることも辛い人がこのカードを付けていたらどうだろう?
ヘルプカードなのに、誰も助けられない。席一つ譲られない。カードが人を助けるんじゃない。 気付くという人の意識が助けるのだ。
だから、私は思った。
まずは自分が気付ける人になろう。ヘルプカードを持っている人だけじゃない。
助けを求めている人を助けられる一人になろうって。声を出せる一人になろうって。
だから、せっかく友達になった怜に厳しいことを言ってしまった。
もっと丁寧に話せば良かった。
自分の病気のことも言えば良かった。
ちゃんと伝える努力をすれば良かった。そうしたら、あんな喧嘩にならないで、気付いてくれる人を一人増やせたかもしれない。
何より、私は怜とずっと友達でいたかった
3
照明、明転。
美樹、入場。
美樹 この前、片桐さんが転んだときに香が手助けしてくれたんだってね。ありがとうね
香 別に、店長のお母さんの娘だからやったわけじゃないよ
美樹 何よ、それ。わかってるわよ、そんなこと。私は単純に助けてくれてありがとうって言ってるの。それに、自分の娘に優しい
子になって、ありがとうって
香 優しくなんてない
美樹 え?
香 優しくなんてない、私は。だから、平気で友達に嫌なこと言ったりできるの
美樹 なに? 友達と喧嘩したの? まさか、怜ちゃん?
香 知らない
美樹 知らなくないでしょ
香 お母さんには言いたくない
美樹 言いたくないならいいけどさ。喧嘩の理由は何でも、早く仲直りしなくちゃダメよ
香 何も知らないのに、適当なこと言わないでよ
美樹 喧嘩の理由はわからなくても、喧嘩したままにしたら二人とも辛いのはわかるわよ。せっかく高校に入って出来た友達、たった三ヶ月で失っていいの? もしかしたら怜ちゃん、あなたの
一生の友達になるかもしれないのよ
香 そんなことわかんないじゃん
美樹 そう、わかんない。わかんないから、大切にしなくちゃ
香 わかんないもの、大切になんてしていたら、きりがないよ
美樹 きりがなくても、大切にしなくちゃいけない。人との縁や繋がりを大事にしていかないとね、人は絶対に幸せにはなれない。
すっごく寂しい人生になる
香 人生の話とか、止めてよ。たかが友達一人の話じゃ…
美樹 馬鹿っ。友達に たかが なんて付けたりするんじゃないの。ねぇ、香、自分の人生がどんなもので成り立っているか考えたことある?
香の人生は、香だけで出来てるわけじゃないんだよ。
私たち家族、学校にいる先生、同級生、先輩、後輩、買い物するお店の人、おはようって挨拶してくれる近所の人たち、それに友達。
そんな人たちと言葉を交わしたり、気持ちを交わす。その 間 に香という人間が出来るんだよ。
だから、香が友達一人のことを たかが っていうなら、それは自分のことを たかが って言っているのと同じことなの。…わかる?
香 …わかる
美樹 …よし。…仲直りできる?
香 頑張ってみる
美樹 だね
香 …お母さん
美樹 なに?
香 ありがとう
美樹 どういたしまして
笑顔で退場する美樹。
携帯電話を取り出し、携帯をかける香。
香 …もしもし…怜? あのさ…ちゃんと会って話したいことがあってさ…うん…うん…ありがとう。それじゃ、明日、放課後に公園で…
照明、暗転。
4
香、怜、スタンバイ。照明、明転。
香 …ありがとう、来てくれて
怜 ううん…
香 あのさ…この前…なんだけど、私すごく嫌な言い方しちゃったよね。本当にごめん
答えない怜。
香 気分が悪いよね、あんなこと言われたらさ。すぐに許してほしいってなかなか言えないけど、怜のこと、すごく大切だから。
この前、ちゃんと言えなかったけど、私も怜のこと、親友だと思ってるから、怜が許してくれるっていうまで、ずっと謝る
怜 そんなのずるいよ
香 え?
怜 ずるい。自分ばっかりさ
香 どういうこと?
怜 だって、私だって、香に謝りたかったんだから。それなのに、先に自分だけ謝って、ずるいじゃん
香 怜…
怜 ごめん、ごめんね。私もさ、ちゃんと、おじいさんに手を差し伸べれば良かった。それが出来なかった自分が恥ずかしい。
あのとき、私、後ろめたかったんだよね。だから、あんな感じになってさ。でもね、これからはさ、香を見習って動けるようになるから
香 怜…ありがとう。本当にさ…私たち親友に…
話をしていると、突然、胸を押さえて倒れる香。
怜 香!? どうしたの!?ねぇ、香
香 …だ、大丈夫。すぐに…
怜、香の鞄に付いているヘルプカードの入ったケースを手に取り、中から紙を出して見る。すると、鞄の中から薬を探そうとする。
鞄を懸命に探す怜。
香 …怜? なんで?
怜 いいから、喋らないで
香 でもさ
怜 あった、薬。これ…パッチ? 肌に貼れば大丈夫…なんだよね
香 …うん
さらにうずくまる香。
怜 香!
香に近づき、薬を皮膚に貼る怜。
携帯電話を出して、ヘルプカードに書いてある番号を見て電話をかけようとする怜。
少しずつ呼吸を整えている香。
香 だ、大丈夫。お母さんに連絡しなくても…ごめん…ありがとう
怜 本当に?
香 本当に。怜からの電話だとお母さんびっくりしちゃうだろうし、落ち着いたら、私から電話する
怜 わかった。でも、まだ立ち上がっちゃ駄目だよ。ふらふらって倒れたら危ないから
香 …うん、ありがとう
怜 変なの
香 変って? 何も変じゃないよ。助けてくれたんだから
怜 そうじゃなくて。さっきまで謝ってたのに、今度はありがとうって
香 そっか。そうだね。はは
怜 でも、大切な言葉だよね、ごめんなさいも、ありがとうも
香 うん
二人で笑う。
香 でも、なんであんなすぐにヘルプカードを見たの?
怜 なんでって、何か症状が出たときの対処方法とか書いてあるかなぁって
香 ヘルプカードのこと知ってたの?
怜 当たり前じゃん
香 嘘
怜 は? 嘘ってどういうこと? 親友のことだよ。知ってるに決まってるじゃん
香 でも、なんで、なんで。ほとんどの人、知らないよ。今まで知ってたのって、学校の先生ぐらいだし
怜 もう…なんでばっかだなぁ。だから、香が鞄に付けてるの気になったからさ、自分で調べたんだよ。
最近じゃないよ。友達になったばっかのころ。何でも知りたいじゃん。新しい友達のこと。
どんなことが書いてあるか聞こうかなって思ったけど、やっぱりそういうのは香の意志で聞きたいなぁって思っててさ
香 …ごめん、ごめんね…
怜 なんで謝るのよ。私が勝手に調べただけじゃん
香 私、ちゃんと病気のこと、話さなくて
怜 そんなこと
香 そんなことじゃない…私、怜にひどいこと言ったのに
怜 もう…泣かないの
香 だってさ…
怜 さっきも言ったでしょ。今日、私も謝るつもりで来たんだよ。あのとき、おじいさんが転んで笑っちゃってたなら、私の中に無意識のいじわるな心みたいなのがあったんだと思う。
関わりたくないっていうか、自分は別世界にいるっていうか、そんな気持ちがさ。
でも、それは違うんだよね。いや、間違っている。だって、誰もが歳を重ねるし、いつ怪我をするかもわからないし、病気になるかもしれない。
誰もその全部をコントロールすることなんて出来ないのに。
誰も好きで、怪我したり、病気をしたりするわけじゃないのにさ、ひどいよね
香 そんなことない、そんなことないよ
怜 そんなことある。だからさ、香に謝ることじゃないかもしれな
いけど、香に言うことで、しっかり自分の気持ちに向き合えるかなって
香 偉いね、怜は偉いよ
怜 謝ってるのに、偉いだなんて
香 そんな風に自分のこと、しっかり考えられる人、いないもん。
だから、すごく、すっごく偉い。世界一偉い
怜 あ、香、馬鹿にしてるでしょ?
香 してないよ
怜 嘘
香 怜と出逢えて、本当に良かった。最高の親友だ
怜 もう…
抱きつく二人。
照明、暗転。
5
喫茶店。舞台上には香と怜が座っている。
別の席には順次が座っている。
怜 だからさ、香はダサイんだって
香 はぁ? 怜でしょ。ダサイのは。なんで、あんなのが良いの
怜 いいよ、香にわからなくて。っていうか、むしろ香に良さがわからなくて良かった。自信出た
香 むかつく
怜 はい、はい。どうぞ
順次 二人はいつも仲良しで良いねぇ
香 えー今喧嘩してたんですけど
順次 そうだったの?
怜 そうですよ。喧嘩も喧嘩、大喧嘩の最中です
笑う順次。
香 笑い事じゃありませんよ
怜 そうです、今から絶交するところなんですから
香 はぁ? 私は別に良いよ。ただ、怜は泣いちゃうんじゃないかなぁ。泣き虫だから
怜 泣くわけないじゃん。嬉しすぎるし
美樹、入場。
美樹 こらっ。大きな声で。他のお客様に迷惑でしょ
怜 ごめんなさい
順次 いえいえ、他に私しかいませんし、私は楽しませていただいておりましたよ
美樹 申し訳ありません
香 よかった
美樹 良くありません
笑う四人。
順次 私ね、ここのお店が大好きですよ。美樹さんは優しいし、元気なお客さんも多いですしね
美樹 そう言っていただけたら助かります。ありがとうございます
順次 それじゃ、私は失礼します。お会計をお願いします
美樹 あ、今日はけっこうです。いつも娘たちが騒々しくてご迷惑おかけしてますので
順次 そんな、駄目ですよ
美樹 いえ、本当に今日は
順次 じゃ、ここに置いていきます
テーブルにお金を置いて、席を立つ順次。
美樹 …それじゃ遠慮なく
微笑んで退場する順次。
美樹 香、ちょっとおつかい、行ってきてくれる?
香 え、なんで。怜と話してるのに
怜 あ、じゃあ、私も行く
美樹 怜ちゃんはいいのよ。私が怜ちゃんとおしゃべりして待ってるから
香 何よ、それ
美樹 いいから。行ってきて。はい、これ。牛乳二本ね。低脂肪じゃないやつよ
香 もう強引だなぁ
美樹 お母さんは、お母さんだから
香 はいはい、怜、待っててくれる?
怜 それはいいけど…香、大丈夫? この前調子悪くなったばっかだし
香 三軒隣のお店だし大丈夫。それに、ヘルプカード、あるしね。ありがとう
怜 だったら、いいけど
香 行ってきます
美樹 頼むわね。低脂肪じゃないやつよ
香 わかってるって。そんな心配なら自分で行けばいいじゃん…
ぶつぶつ言いながら退場する香。
6
美樹 …この前、香を助けてくれて、ありがとうね
怜 そんな…当たり前のことしただけです
美樹 ヘルプカードを見て、すぐに対処してくれたんだってね
怜 無我夢中で実はあんまり覚えてないんです
美樹 あの子、帰ってから泣いてた
怜 泣いてた? なんでですか? 痛みとかですか?
美樹 ううん、そういうのは大丈夫、ただね、ここがさ
胸に手を当てる美樹。
美樹 前に発作が出てからもう一年くらい経ってたからね、あの子も内心、思ってたんじゃないかな、もう治ったんじゃないかって
怜 そうですか…
美樹 普段はさ、病気のこと、自分でも忘れているふりをしているの。あの子だけじゃないわね、私たち家族もね。
でも、いつもどこか頭の片隅に置いてあるの、何かあったら冷静に行動して香の命を守ろうって
怜 私も、頭の片隅に置いておきます。学校にいるときは、お母さんの目が届かないですから。
学校の先生だって、ずっと見てられませんし、私がしっかり見守ります。それで、香の命を守ります。私が香のヘルプカードになります
美樹 怜ちゃん、ずるい
怜 え?
美樹 だって先回りしちゃうんだもの
怜 先回り?
美樹 私がさ、お願いしようとしたこと、自分から引き受けちゃって
怜 この前は、私が香に同じことを言いました。私も謝ろうと思ってたのに、先に謝られたから。ずるいって
美樹 そうなんだ
怜 なんか、でも、それっていいですね
美樹 うん、そうだね
怜 相手のことを思って、思ってるから、同じことを考える。同じように動いちゃう
美樹 うん
怜 私、お願いされてやるのは嫌です。だって、香は私の親友だから。お母さんにお願いされてやるんじゃなくて、自分の気持ちでやりたいんです
美樹 もうこの子は…ありがとう、ありがとうね
怜を抱きしめる美樹。
そこに香が入ってくる。
香 な、なにやってるのよ、お母さん
あわてて離れる美樹。
香 なんで、お母さんが怜に抱きついてるのよ。おかしいんじゃない?
美樹 いいのよ。香が言うこと聞かないから、怜ちゃんに慰めてもらっていたのよ
香 何よ、それ。馬鹿じゃないの?
怜 香! お母さんに馬鹿なんて言っちゃ駄目だよ。お母さんは香のこと、すっごくすっごく考えてくれているんだから
香 えっとさ、怜はさ、なんでそんなにお母さんの味方してるのよ
怜 わからなくてもいいの、香は。ともかく香はお母さんのこと大切にしなくちゃ駄目。わかった?
香 なんか、すっごい感じ悪い
怜 聞いてる?
香 聞いてるよ
怜 だったら、返事は? ちゃんとお母さんを大切にする?
香 …はい
怜 よしっ、それじゃ、もう馬鹿なんて言わない?
香 …言わない
怜 よろしい
香 …もう何よ、この展開…。意味わかんない。ねぇ、お母さん、何があったのよ?
美樹 秘密。それよりちゃんと牛乳、買ってきてくれた?
香 あぁ、もう。はいっ
牛乳の入ったエコバックを差し出す香。
受け取る美樹。中を出す。
美樹 あ! 何よ、これ、低脂肪のやつじゃないの?
香 えー嘘
美樹 ほらっ、書いてあるでしょ? ここに
香 あ、本当だ。ちっちゃく書いてある
美樹 あれだけ言ったのに、まったく
香 でも、ちょっと安かったし
美樹 関係ないでしょ
怜 やっぱり香は私がいないと駄目だなぁ。これからはおつかいも付いていってあげないと
香 あぁ、もう、本当に嫌だ
笑い合う三人
照明、暗転。
おわり