誰か聞いてよ!?

じんちかい

2014年01月13日 13:00




■登場人物

『先生』男、20代
小学校の先生。気が弱く、我が子の事しか考えない生徒の親たちに、辟易している。

『母親たち』
先生が受け持つ生徒の母親たち。
五人おり、それぞれ
『梶原』母親たちの中心人物
『取り巻き1』梶原の取り巻き
『取り巻き2』梶原の取り巻き
『澤』声が小さい母親
『堂本』ヤンママ
と、なっている。
皆、自分勝手で先生の話を全く聞かない。


○学校・応接室

ソファーの真ん中にデンッと座る梶原と、その取り巻きたち。そしてもう一つのソファーに梶原の爪を研いであげている堂本が座り、後ろで控え目に澤が立っている。

デスクを置いた対面に、パイプ椅子で縮こまっている先生。

堂本「ほらよ、できたぜ、かじ」
梶原「ありがと~堂本さん。うん、ピッカピカ。ピッカピカよ」
取り巻き1「お美しいですわ~」
取り巻き2「光り輝いてますぅ」
梶原「おほほほ……まあねっ。おほほほほ……」

爪をきらめかして、笑う梶原。堂本は興味を無くしたように携帯をいじり始める。

先生「あのぉ……お母さま方」
梶原「ほ……」
先生「今日はどのようなご用件で……」
梶原「(ひとつ咳払いして居直す)先生ェ。これ、どういうことです?」
先生に一枚の紙を差し出す梶原。
先生「えっと……劇の配役表ですよね? これが、なにか……?」
梶原「なにか、じゃありませんよっ!」

身を乗り出す梶原。ビクつく先生。

梶原「どーして、うちのかわいいレイナちゃんが主役ではなくて、こんな端役なの!? おかしいじゃない!」
取り巻き1「そーよおかしいわよっ」
取り巻き2「主役は梶原さんに決まってるじゃなですかぁっ」
先生「あ、いえ、配役は、ですね……それぞれのお子さんからやりたい役を聞いて適正に――」
梶原「それでどうしてうちのレイナちゃんが、主役の『アゲハチョウ』じゃなくて――(大きく息を吸って早口で)『ニセクロホシテントウゴミムシダマシ』になるんです!」

後ろで取り巻きたちの非難の大合唱。

先生「それは、ですね。この役は習慣の違いから生まれる不当な差別に立ち向かう勇敢な役でして、それを説明したら、レイナちゃんが、ぜひやりたいと言ってくれて……」
取り巻き1「やっぱりレイナちゃんには、主役のアゲハチョウが似合いますわよねー」
梶原「おほほー、まあねっ」
取り巻き2「育ちの良さが見えますぅ」
梶原「おほほほーっまあねっまあねっ」
先生「あのぉ、もしもーし……」
梶原「そうだわ。――澤さん」
澤「(ビクッとして)は、はいっ」
梶原「確かぁ、あなたの所が主役よね。……譲ってくくれないかしら」
先生「いや、それは、ダメで――」
取り巻き1「譲っちゃいなさいよー!」
取り巻き2「あなたには相応しくないですよぉ」
先生「お、お母さま方っ。これは子供たちで決めたことで……」
澤「(遮るように)い、いいですよ」
先生「えっ?」
澤「譲ります、アゲハチョウ」
梶原「あら、いいんですの?」
澤「はい、別に……」
先生「そんな、ダメですって……」

澤の元に駆け寄って、考え直してください、などと説得する先生。

梶原「悪いわねー、なんだか無理矢理譲ってもらったみたいでー。ま、でもこれで役も決まりましたし、万事可決。帰りましょうか皆さん」
取り巻き1「はい~っ」
取り巻き2「この後お茶行きませんかぁ~」

そう言って帰ろうとする梶原たち。

取り巻き1「ちょっとどきなさいよっ」

突き飛ばされる先生。

先生「あいた」

その時、堂本が梶原を呼びとめる。

堂本「かじ」
梶原「どうかなさいました、堂本さん?」
堂本「うちの娘にもアゲハチョウやらせたい」
堂本「あら、そうなの?」
堂本「どうせやるなら、綺麗な衣装の方がいいじゃん」
梶原「んまあ、まあまあ。そうですわよね~。私(わたくし)ったら気が利きませんでしたわ」
取り巻きたちに振り返える梶原。
梶原「あなたたちもそう?」
取り巻き1「ええ、まあ……」
取り巻き2「出来ればぁ……」
梶原「そう。……んーでも困ったわねー。私もレイナちゃんにやらせたいですしー……」
取り巻きたちに再び振り返って、
梶原「あなたたち何かない?」
話しこむ取り巻きたち。と、取り巻き1が手をあげる。
取り巻き1「はいっ」
梶原「はい、取り巻き一号」
取り巻き1「みんなでアゲハチョウをやるのはどうですか?」
梶原「みんなで?」
取り巻き1「はい。みんなでアゲハチョウ役をやるんです。そうすれば、梶原さんも堂本さんも、みんなでかわいく、バンバンザーイ――かと」
梶原「うん、うんうん。いいわねそれ。採用っ」
取り巻き1「ありがとうございますっ」
取り巻き2「やっぱり世の中、平等が一番ですぅ」
梶原「いいこと言った、取り巻き2号っ」

ちょっと舞台役者気取りで、身振り手振りわざとらしくしゃべり出す梶原。

梶原「そう世の中平等よ。役によって、運命が分けられるなんて、差別以外の何物でもないじゃない」

先生に振り向く梶原。

梶原「ということで先生ェ。みんながアゲハチョウを演じられるように、脚本を変えておいてください」

先生「え、ちょっと」

梶原「よろしくお願いしますわね~」

おーほほほ、と高笑いしながら去っていく梶原と取り巻きたち。

先生「そんないきなり変えろと言われましても……!」

抗議する先生。が梶原たちは無視。そして澤以外が、部屋を出ていく。

梶原たちが退出後、大きなため息をつき、澤の方を見る先生。

先生「すみません澤さん、自分が不甲斐ないばかりにご迷惑をおかけしまして……」
澤「……」
先生「大体むちゃくちゃいいすぎなんですよね、レイナちゃんのお母さんはっ。――まあ、言い返せない私がいけないんですけど……」
澤「…………」
先生「けど、こうなった以上、みんなで綺麗なアゲハチョウが演じられるよう頑張りますっ」

やる気を出す先生。それをジトッとした目で見る澤。

澤「先生のセンス、ちょっとおかしいと思います」
先生「任せておいて……え?」
澤「そもそもチョウの中で一番美しいのがアゲハチョウというのがまず偏見なのです。鮮やかな光沢を持つアメリカ大陸生息のモルフォチョウや、春先に多く見られるベニシジミだって小さくも美しい姿をしています。ガの中にだって、マダガスカル島にすむサニシキオオツバメガのような綺麗な虫だっているんですっ。決めつけないでくださいっ」

呆気にとられる先生。呆けたように澤を見つめる。

澤「これを見て勉強しておいてくださいっ」

カバンから図鑑を出し先生に渡す澤。そして一礼すると、部屋を出ていく。
図鑑を開き、見る先生。

先生「へえー。チョウとガって明確な違いってないんだー。フランス語だと両方とも『パピオン』なんだ。へぇへぇー」

そういうと、一瞬間をおき、

先生「なんでじゃーーっ!!」

図鑑を振り上げ、投げ捨てようとする先生。

が、手を下げると丁寧にデスクに置く。

先生「なんでじゃーーっ!! なんで俺が責められてんだっ。人の話聞かないし、勝手に役変えよとするし、あまつさえ全員同じ役にしろだぁ!? もう練習だって始めてんのに……何が平等だ、ばーかっ、ばーかっ!!」

一瞬間においたあと、ふとあることを思いついた顔をする先生。

先生「平等? 平等!? そうだよな世の中平等ならいいんだよな」
拳を握り、

先生「やーってやるぜ!」

天に掲げる。

○体育館(劇本番・当日)
パイプ椅子が二列並び、前列に先生、後ろに梶原を中心に親たちが座っている。
後ろから身を乗り出すようにして先生に話しかける梶原。顔は笑顔。

梶原「先生っ。レイナちゃんから聞きましたわよ。今回の劇、とーってもおもしろくなったそうじゃないですか。おほほ、やればできますのね~」

これに笑顔で返す先生。
ブザーが鳴り、劇が始まる。

梶原「きゃーレイナちゃんっ! 一号、撮れてる?」

取り巻き1「はい、ばっちりです」

ビデオを回す取り巻き1。

梶原「二号、写真は!?」

取り巻き2「OKですぅ」

写真をパシャパシャとる取り巻き2。

梶原「いやーんっ。みんな綺麗な綺麗なアゲハチョウでかわいらしいわ~」
と、突然真顔になる梶原。

梶原「男の子はカマキリ? なのね。まあ男子にはお似合いかしら。おほほほ……」

改めて笑顔になる梶原。だが、

梶原「あらちょっと……そんな嫌、いやぁぁー!」

立ちあがって悲鳴をあげる梶原。取り巻きたちも同じように立ち上がり悲鳴。
バックでむしゃむしゃと食べられる効果音が流れる。

先生に詰め寄る梶原。

梶原「先生これーどういうことですのっ」
先生を掴んでブンブン振り回す梶原。
梶原「どうしてうちの子のアゲハチョウが、カマキリに食べられなきゃいけないのよっ」
先生「平等ですよ」
梶原「え?」
先生「(大声で)平等に、アゲハチョウはみな、食べられるという悲劇を迎えたんです」
梶原「そんなの、かわいくないじゃないですかっ」

非難する梶原と取り巻きたち。ふーんと相手にしない先生。

この騒動をよそに、堂本はげらげら笑いながら写メを取り、澤は『グッチョブ食物連鎖(笑)』とほくそ笑むのだった。


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